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2014年2月

2014年2月28日 (金)

歴爺の旅 宇都宮氏の郷①

PM2.5が降り注ぐものの、気温はまずまず。となれば歴史好きの虫が疼きだす。で、歴女ならぬ歴爺はどこに行く。NHKドラマに誘われて「ゆかりの地」にでも行ってみるか。ドラマ「黒田官兵衛」にはまだ登場していないが、近場にもゆかりの地がある。我が家にも多少の縁があるので、福岡県築上町に行ってみた。

同町内に入ってびっくり。あちこちに幟旗が立っている。

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その幟には「軍師 黒田官兵衛 最大の宿敵  城井宇都宮鎮房」とある。宇都宮氏は、鎌倉時代に源頼朝の命を受けて九州に入り、豊前地方最大の豪族として君臨していた。しかしその後、秀吉の天下統一の際、派遣された黒田官兵衛の謀略にはまり、一族郎党、お家断絶に遭うのである。その終焉の地がこの築上町だった。

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NHKの大河ドラマの舞台ともなれば、関係の地の自治体・観光関係者はもろ手を挙げて「我こそが縁の地」とPRに勤しむ。多少の縁があれば何でも構わないのである。この築上町もその一つかも。官兵衛の出身地でも居住地でもない。官兵衛に打ち負かされた敵将の地という縁でしかないのだが。

宇都宮氏ゆかりの地は、同町の中心部からかなり山奥に入り込んだ集落にある。寒田(さわだ)、本庄地区だ。平地などほとんどない山間の地だ。寒田地区に入った。Img_0006jpg_2

民家もまばらなこの集落に「何かあるのか」と車を走らせると、この集落の方と思われるおじいさんと遭遇。「この先に縁のものがありますか」と聞くと、「私が案内しよう」と助手席に乗ってくれた。集落名と同じ「寒田」さんで、78歳になると言う。「官兵衛のドラマが始まったら、訪ねてくる人が出てきたねぇ」といい、「案内するのはあんたで4人目よ」とも話した。毎日、ここいらで散歩しているらしく、運がよければ出会うことがあるかも。

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キャンプ場近くに立派な「宇都宮一族の碑」があった。昭和55年の建立で、寒田さんは「うちの親父も20万円を寄贈した」と。さらに山奥へと進む。

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なんと城があった。「自衛隊が作った」と寒田さん。右側にうっすらと見えるのが「三丁弓の岩」と呼ばれる巨岩。この上に天然の山門があり、案内してくれた。写真が寒田さん。

Photo
この岩の間を登ると「城井上城」にいけると言うが、自分の足腰はもう限界。厚く礼を述べて別れた。寒田さんありがとう御座いました。

つづく


 

2014年2月19日 (水)

youは何しに病院へ

今日は診察日。病院での待ち時間が苦痛だ。
指定時間に受付をして、採血・検尿検査を受ける。検査結果が出るまで約1時間は待ち時間。医師の診察はまだ先だ。やっと診察を受けたが、今一つ体調が気に掛かるから、心電図を取り、レントゲン撮影も。さらに心電図の24時間検査とかで、胸に記録装置を張り付けられた。
薬を貰うのにそれから30分。長い時間が掛かってしまった。

そんな中、待合所で耳に挟んだ、高齢の患者と看護師の会話。
看護師 「今日は何で来たの」
患者   「分からん」
看護師 「どうして来たの」
患者  「誰かが連れて来た」
看護師 「どこが悪いの。痛いの」
患者  「分からん」
看護師 「どこの施設から来たの」
患者  「知らん」
看護師 「どなたか、この人を知りませんか」

飄々とした2人の会話。吹き出しそうになったが、誰も笑わない。病院では日常的な会話なのでしょう。

ひょっとしたら 数年後の自分と看護師との会話かも知れない。
笑うどころか、寒気さえする会談(怪談)でした。

2014年2月17日 (月)

閉店ガラガラ 残念

 行き付け と言うほどではなかったが、月に3~4度は食べていたラーメン店が閉店してしまった。
12月末に「しばらく休みます」の張り紙が貼られ、驚いていた途端、今度は「長らくのご愛顧ありがとう」の張り紙が。そして今は「入居者募集」の不動産屋の張り紙に代わってしまった。

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 田川市伊加利にあったラーメン店。3、40代と思われる不愛想な兄ちゃんと、母親かも知れないこれまた不愛想なおばちゃんが営んでいた。
昼食時以外はあまり客もおらず、「閉店」はやむ得ないかも。でもこの店の味が好きで、思い出しては立ち寄っていた。 閉店するとは・・・寂しいなぁ~~~。

 田川市には全国展開をする有名ラーメン店の本店もあるが、その味が好きになれずに、つぶれた店に通っていた。なんで店閉めたのかなぁ。どこか違う場所に開店したのかなぁ。

 もう一度、食べたいあのラーメンを。
「ラーメン定食。おにぎりは1個でいいよ」と、注文していた客を覚えていてくれたら、嬉しいけど。

2014年2月12日 (水)

やって来ましたあの季節

 やって来ました。鬱陶しくもあり、面倒くささもあり。そしてささやかな喜びも与えてくれる この季節。

 昔、税金には全く関心がなかった頃。いきなり税務署から「確定申告をせよ」との通知が送られてきた。父親が亡くなってかなりの年数も経っているし、相続税を払うほどの財産も受け継いで無かったはずなのに・・・。

 よくよく考えてみると、前年にゴルフの会員権を売ったことを思い出した。
時は、バブル全盛期。手元には父親の葬儀で戴いた香典があって、会員券を購入した。それを、倍以上の値で売却したのだった。ゴルフに熱中していたころで、もう1枚の別の会員券を持っていたので、1枚を売ってしまった。
 そして、その益金は、あこがれの「いつかは○○○○」の車に化けていた。

 確定申告のことも全く知らず、すべて使い切った頃に税務署からの通告。かなりの税金を払う羽目になった。さらに市役所からも地方税の大幅増税。健康保険料もがっぽり上がって、叫んでしまった「なんてこった

 それからは、どうすれば税金を取り戻せるかを考えてきた。が、サラリーマンではせいぜい住宅ローン関連の還付金に期待するだけだった。
ところが、退職後にガンの手術、糖尿病の治療費などがかさみ始め、年金暮らしを圧迫してきた。治療費が年間に10万円を超えている。
 暇なじいさんは考えた。いくらかでも医療費を税務署が助けてくれないかと。

 ありました。医療費控除です。年に10万円以上の医療費を払っていれば還付を受けられる制度です。病院代だけではありません。薬局での薬代、病院に行く交通費も、全額ではないが領収書があればOKです。

 さぁ これから申告書類の制作に掛かります。面倒くさいが どうせ暇人です。時間はたっぷりあります。書類はPCで指示通りにすればできます。手元に各種の領収書、年金などの源泉徴収票、国保などの納付書をそろえて準備OK.
 今年はどれくらい還付されるか楽しみながら作業をします。

Ks2014

2014年2月 8日 (土)

アクセスカウンター

気にしないようにしているつもりなのに、やはり気になるのがアクセス数。
その数字が1月末でストップしたままなんです。niftyに問い合わせして回答を受け、色々といじってみたが、まだ、回復しません。

しばらくこのままにしておきます。そのうち、どうにかなるでしょう。

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