サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

2013年4月

2013年4月30日 (火)

只今、神幸祭の準備中

我が里では今年も5月4、5日が神幸祭です。地域最大のイベントが繰り広げられます。すでに祭りに向けての準備が始まっています。

 祭りの旗を立てます。壮年会がします。

Img_0012jpg

  舁き山の準備は青年団がやってくれます。

Img_0011jpg
須佐神社では、祭りの初めに、祭場に神霊を招き迎える「神おろし」が行われます。行政区の区長ら4役、神社総代、組長が集い、飾り付けや境内の掃除などをします(29日)

Img_0015


Img_0016


Img_0014


最後は「神おろし」の神事です。神官が恭しく祝詞をあげ、参列者が玉ぐしを捧げました。

Img_0017


安宅の神幸祭。小さな集落の祭りですが、舁き山が見物です。
酔っ払いの神輿、勇壮な獅子舞もあります。見に来てください。

2013年4月28日 (日)

春爛漫 レンゲも満開

世の中はGWらしい。年中がGWの高齢者には、「そんなの関係ない」(古いギャグでゴメン)。どこに行く当てもない。仕事をしていた時期でも、GWには好んで仕事に出ていた。GW明けに代休をとって、ゆったりと楽しむのが最高だった。そんなことが懐かしく思えるこの頃。

さて春が爛漫。我が里のあちこちの田んぼが今、レンゲに覆われている。一面が赤ピンク色に。

Img_0005
でも、この光景は年々、面積が減ってきているように見られる。昔はどこもかしこもレンゲでいっぱいだった。レンゲは稲作の肥料になる。田植え前にレンゲと土を一緒に漉き込むのだ。
 今はレンゲの代わりに化学肥料をまく。省力化とは言え、田植え前の田園風景が消えゆくのは寂しい。

Img_0008


この可憐な花も、あと数日の命。子供の頃、花をつなぎ合わせて首飾りを作って、好きな女の子のプレゼントしたというような、記憶はないのも今となっては寂しい限り。






2013年4月26日 (金)

晋作の奇兵隊150年

NHKで昨夜、BS歴史館「奇兵隊150年 疾走する幕末最強軍団」 という番組があった。高杉晋作ファンとしては見逃せない。

Img_0002_2

下関市内にある奇兵隊挙兵の地・功山寺、晋作が眠る清水山に墓参にも行ってきたばかりだから、なおさらだ。さらには14日が晋作の命日だ。

Img_0001_1_2

番組の内容は

150年前、長州で最強と恐れられた軍団が結成された。奇兵隊! 創設者は高杉晋作。武士のみならず農民や商人も入隊した、身分を越えた画期的な軍隊だった。庶民の人気を呼ぶも、最後は反乱を起こし多くが処刑された。一体なぜ? そこには軍団の数奇な運命が。外国との戦闘軍として誕生した後、倒幕軍、そして新政府の精鋭部隊と、次々と役割を変えていった…。強かったがゆえの流転物語をひもとく。(NHKのHPより)

と言うもの。

出演者の一人に、一坂太郎さんがいた。「萩博物館特別学芸員」と言う肩書だったが、元は晋作の資料を集めた東行記念館(下関市)の学芸員だった。

Img_0003

この頃に太郎さんと知り合った。生意気にも「太郎ちゃん」と呼んで、下関市内の飲み屋に新妻ともども誘い出し、杯を傾けたことも。記念館にも墓所にもよく行ったし、晋作ファンになったのは、太郎ちゃんの影響が最大の要因でもある。

太郎さんに戴いた著書「現代語釈・高杉晋作の日記」(晋作の上海渡航記)を読んで、晋作の足跡を見ようと、家族で上海を旅したこともあった。1997年4月のこと。この旅行記を書いたこともある。

 ~「晋作が見た上海を見たい。そんな思いにかられて上海をたずねた。晋作と同じ地に立てた喜び、感動に浸ってきた。14日は晋作の命日。東行庵で墓前祭がある。「お前は上海で何を見、これから何をやるのか」と晋作に問われそうだ~

と最後に記した。

 

2013年4月25日 (木)

韓国には行かないの?

この頃、「韓国旅行の話がないのね」などと、聞かれます。

そう言えば、昨年の8月以来、出掛けてないんです。

どうして~~~ う~~~ん なぜなんでしょうね。

お金が無いの?  そうとも言えるけど。

北朝鮮の侵攻が怖いの?  それは無いけど。

政治的な問題?  多少は引っかかるけど。

いろいろ考えてみたけど

結局は行きたい場所が見つからないだけかも。

前は韓流ドラマを見ていて、「あぁ、ここに行ってみたい」と

思ったけど・・・・。

今もドラマは見るけど、行きたくなる場所が・・・・。

好きな韓流時代劇も、目ぼしいドラマはだいたい見たし

主人公の関連施設も行ったし

結局はソウルと慶州、済州島に行けば済むことだしね。

「殿下の旅」も終わりなのかなぁ~~~。

なんて 思うこの頃。

2013年4月20日 (土)

晋作を訪ねて 東行庵②

東行庵、記念館を見物した後は、晋作の墓参りだ。庵の横から吉田山を少し上ると色んな石碑が立っている。日露戦争や晋作を称える碑も多い。

一番奥に晋作の墓所があった。
Img_0039_3

Img_0036

墓前にある灯篭は木戸孝允、井上馨、伊藤博文が寄進した。晋作の墓は高さ約1・5mぐらいの比較的質素な墓。

Img_0037


晋作の墓所の近くには奇兵隊の隊員、戊辰戦争で命を落とした兵士らの墓が並ぶ。各地に散らばっていた墓を、記念館が探し集めたほか、隊員の遺族らが「晋作さんの側に祀って」と、立てたという。

もちろん、おうのの墓もある。

Img_0038





墓から降りてきて周辺を散策すると、晋作が立ち上げた奇兵隊の本拠地。陣屋跡があった。

Img_0042





















2013年4月15日 (月)

笑ってもらって落語会

豊前川崎ゆらり亭の「第3回安宅里山寄席」が14日、安宅交流センターで開かれました。我らのグループ「安宅で楽しく安楽会」の後援です。

Img_0006


トップバッターは小学6年生の庄内亭巳の助ちゃん。ゆらり亭・川笑一座の最年少座員で、庄内町在住です。口調も身振り、手振りもしっかりした噺家さんで「雑俳」を披露しました。

Img_0007


2番手はお馴染みの川崎亭遊歩さん。いつもの軽妙な喋りで「転出気」を演じました。

この後、広島県からのゲスト出演の秋風亭てい朝さん、座長の川崎亭好朝さんが出演したのですが、この日は安宅行政区の総会で、組長が出席しなければならないので、この二方の落語は聞けず、残念。

Img_0001


この日のお茶菓子は、季節に合った「さくら大福」。来場者に配られました。安楽会の瓜生さんらメンバー手作りでした。

2013年4月 9日 (火)

晋作を訪ねて 東行庵①

 晋作を知るには下関市吉田にある東行庵・東行記念館と墓を訪ねなければなりません。

 東行庵は晋作亡き後に、晋作の愛人うの(谷梅処)が菩提を弔うために出家し、山形有朋の別宅「無隣庵」を譲り受け、伊藤博文や井上馨らの支援で明治17年に、晋作の号をとって「東行庵」を建立した。

Img_0033


 現在の庵は昭和41年に晋作の100年祭を機に大修理されたもの。以前は内部まで見物できたのだが、なぜかこの日は見れなかった。

 庵の境内には晋作や奇兵隊などの資料を展示した東行記念館がある。これも100年祭に合わせて建設されている。

Img_0029_5

 晋作像や師でもある吉田松陰像、うのの写真なども見られる。

Img_0040

 東行記念館前に立つ句碑。

「おもしろき こともなき世を おもしろく すみなしものは 心なりけり」

辞世の句とも言われているが、定かではない。上の句を晋作が、下の句を看病を続けていた野村望東尼が書き加えたとされている。



























2013年4月 5日 (金)

晋作を訪ねて 功山寺②

 功山寺境内に隣接して、下関市立長府博物館がある。長府毛利家の遺品や坂本龍馬起草の「新政府綱領八策」など、幕末維新期を中心に多数の資料を収蔵・展示している。

Img_0022

 この日は、晋作を支えた「勤王商人 白石正一郎」展が開かれていた(6月2日まで)。時間の都合で入館しなかった。

Img_0012
 そして敷地内に、勤王の志士たちの慰霊塔「万骨塔」がある。

Img_0014
 この万骨塔は、桂弥一の建設。桂は、長府藩報國隊士として戊辰戦争に従軍。嘉永2年生まれ。乃木希典と机を並べ勉学に励みました。吉田松陰の意志を受け、門下生の品川弥二郎が京都に尊攘堂を設立。その品川弥二郎の「長門にも尊攘堂を」という意思を受け継ぎ、1933年(昭和8年)10月8日、明治維新前の志士を祀りその肖像、遺墨、遺品を保存するために私財を投げうって長門尊攘堂(現下関市立長府博物館)や万骨堂を建設し、明治維新の研究や志士たちの顕彰活動を行いました

Img_0015

日本各地から取り寄せた石で基礎を築いている。石にはそれぞれの県名や旧藩名もあり、中には、会津白虎隊の名もみられる

Img_0016

 功山寺から下ってくると、長府藩主の毛利邸があった。庭園が見事らしいが、ここも時間の都合でパス。

Img_0025

2013年4月 4日 (木)

晋作を訪ねて 功山寺①

 陽気に誘われて下関市に出掛けた。昨年11月以来の下関。この時はNHKの大河ドラマ「平清盛」に合わせての訪問だったが、今回もドラマ「八重の桜」にちなんでの下関行となった。「八重の桜」は幕末・維新時代、会津藩の女傑・山本八重を主人公にしたドラマ。維新をかけて激しく戦った戊辰戦争は、会津藩と長州藩との戦いでもあった。

 長州藩で先頭に立ったのが高杉晋作。晋作は「奇兵隊」を結成。当時長州藩内の主流であった幕府の威光に従う「俗論党」を倒すため、下関長府の功山寺で挙兵した。これを機に長州藩を討幕運動の主役へと導いた。ドラマ「八重の桜」は今まさに長州対会津の戦いが真っ最中だ。晋作は討幕の成功を見ることなく病に倒れた。

 まず、挙兵の地・功山寺に出向いた。馬上で指揮を執る晋作が出迎える。当時弱冠25歳の凛々しい姿だ。

 

Img_0003_3

 功山寺は671年に開山した古い歴史を持つ寺。維新の際には都落ちした三条実美ら公家七卿のうち五卿が潜居。五卿に謁見した晋作は討幕への意を固め挙兵したのである。

Img_0006
堂々たる山門が素晴らしい。大樹に囲まれた参道は秋にはみごとな紅葉に覆われる。

Img_0019_5

 境内には長州藩の支藩・長府藩の藩主らが祀られている。

Img_0007











2013年4月 1日 (月)

落語会の案内です

4月になりましたね。安宅の里の桜もほぼ終わりました。

で 安宅の里に笑いをお届けする

第3回「安宅里山寄席」を14日に開きます。場所はいつもの交流センターです。

お待ちしています。

Photo_2

今月から「組長」になりました。組長といっても暴力団ではありませんよ。隣組の組長です。組の世帯は12軒ですから、12年に1回 回ってきます。昨日、新組長の初会合がありました。Uターンの私は初めての組長で、けっこう仕事があるみたいです。

« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

カテゴリー

  • 旅行・地域

過去の旅

無料ブログはココログ