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2012年11月

2012年11月30日 (金)

ご免! イルミなしで

 いよいよ師走ですね。そして各地で冬の夜空を彩るイルミネーションが、輝きを増してきました。
それらのイルミを報道やネットなどで見るにつけ、「申し訳ない」と頭を下げる今日この頃です。

 これまでの過去3年間、我が家でも小さいながらも、庭にイルミをともしてきました。定年退職・帰省・移住記念にと、「地域の人たちが少しでも楽しんでくれたら」の思いから、飾りつけをしました。

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       こんなのでした。

 でも、今年は飾りつけができません。イルミの消耗が激しく、お見せできるイルミを飾るには、多くのパーツを買い換え、買い揃えねばなりません。今の我が家の財政状況では難しいし、それに電気料金の負担も重なります。

で、取りやめることにしました。申し訳ないです。

2012年11月26日 (月)

当たってネ! ジャンボ

今日から「年末ジャンボ宝くじ」の発売です。
ジャンボくじだけは毎回、この売り場で買っています。
しかし、当たったことはありません。1万円すらです。

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でも 買わないと当たらないから毎回、買っています。

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どうせ当たらないから、買ったくじを公開します。

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売り場のおばちゃんは、この袋に入れながら「当たりますように」と毎回、言います。しらじらしく感じます。でも、「外れますように」じゃ、殺されてしまうから・・・。言いようがないよネ。

600000000円 6億円 !! 欲しい。

2012年11月24日 (土)

平家滅亡の地 下関②

赤間神宮にほど近い所に、関門海峡に面して「みもすそ川公園」があります。この海峡が平家が滅亡した壇の浦古戦場です。
  あの源義経 ↓ が八艘跳びで

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  平知盛 ↓ を

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 打ち破り、源氏の世になった。ここから清盛の孫・安徳幼帝と、清盛の正室・時子(二位尼)が入水したとされている。
「みもすそ」とは、二位尼の辞世「今ぞ知る みもすそ(御裳)川の 御ながれ 波の下にも みやこありとは」から名づけられた。

 この公園に来たとき、観光客らが集まっていた。その先では地元の観光ガイドさんでしょうか、紙芝居を見せていた。芝居はまさに源平の合戦。 ↓

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 公園にはこんなものも展示されています。

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長州藩と外国との戦いの「下関戦争」で用いられた「長州砲」のレプリカ五門。
 このほかNHK大河ドラマ「義経」の出演者の銅板手形。松本清張文学碑などもあります。

また赤間神宮の隣には割烹旅館「春帆楼」がある。伊藤博文が名付け親の老舗で、日本のフグ料理はここから始まった。

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 明治28年、日清講和条約「下関条約」が結ばれた舞台が、この「春帆楼」でした。条約締結時に使われたテーブルや椅子、調度品などが、敷地内の「日清講和記念館」に展示されている。

 

下関には日本の歴史を転換させた数多くの史跡が残っています。近いうちに再訪したいなぁ。

 

 
       
   

2012年11月22日 (木)

リトル釜山 下関

 「平家滅亡の地 下関」の②を書き込むつもりでしたが、撮影してきた写真をよく見ていたら、今日、書いておかなくてはいけない写真を見つけた。ですので②は後日に先送りです。
 その写真とは、このポスターです。

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 「リトル釜山フェスタ」が、23日に開催されるらしいので、間に合うようにUPしました。

 下関市と韓国・釜山広域市は姉妹都市です。戦前から連絡船が運行され、交流が盛んでした。日本と韓国・大陸との玄関口が下関と釜山でした。今もフェリーが毎日、航行しています。

 そんな関係から、下関市には多くの韓国・朝鮮人が住んでいました。JR下関駅近くに、グリーンモール商店街があります。通称「コリアン・タウン」です。今は「リトル釜山」と呼んでいるそうです。そのタウンの入口です。


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 歩道橋の上に造られた「釜山門」です。いかにも韓国風です。ここら辺も、以前に住んでいた頃に時々、来ていました。主に焼肉を食べにです。

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 街中の掲示板?も韓国風です ↑

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 以前はこの通りには韓国雑貨や食品店、焼肉屋がかなりの軒数あったと記憶していたのだが、今は数えるほどに。 ↑
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 キムチなどの匂いも漂っていたのだが・・・。「今は数軒だけ」と、食料品店の男性も、寂しげでした。 ↑

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釜山の街にもこんな像がたくさんありましたね。 ↑

 フェスタは「小さな韓国に会いに行こう」がキャッチフレーズ。韓国の伝統芸能、K-ポップなどが見られ、韓国屋台で味覚も味わえ、チマチョゴリを着ての撮影会も。お笑いの「U字工事」も来るとか。暇な方は韓国を味わいに、下関に行こう。

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* 私が韓国ドラマにはまり、交流を始めたのは数年前からですが、この街が原点だったのかも、と思うようになりました。下関に住んでいた頃に、仕事や観光で渡航していたから。

2012年11月21日 (水)

平家滅亡の地 下関①

 久しぶりに下関を訪ねた。20年ほど前に約4年間を過ごした思い出の街です。関門海峡を挟んで九州と本州が、手の届くほど近くにあります。

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 まず、どこに行くか。下関には歴史の見どころが一杯あります。が、今回は半日だけのドライブなので多くは行けません。
 では、今、NHKで放送されている大河ドラマ「平清盛」ゆかりの、赤間神宮に参拝しました。

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 源平壇之浦の合戦に敗れ、わずか8歳で関門海峡に入水された安徳天皇を祀っています。壇之浦を望む水天門は鮮やかな竜宮造り。「海の中にも都はある」という二位の尼の願いを映したものといわれています。境内には小泉八雲の怪談で有名な「耳なし芳一」を奉る「芳一堂」、平家一門の墓「七盛塚」、貴重な資料を展示した宝物殿等があります。

  安徳天皇陵 ↓

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  七盛塚 ↓
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  芳一堂 ↓
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 毎年、5月3日の先帝祭では、幼い天皇と平家を偲ぶ官女たちが花魁の姿で参拝する「上臈道中」を繰り広げます。絢爛豪華ではあるが悲しげに満ちた道中絵巻になります。(写真は下関観光HP)

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2012年11月18日 (日)

ネタ切れで 畑に行く

いつもの手法です。ブログネタがありませんから、畑に行きます。
タマネギを植えました。サラダ用にと2種類の苗を植えたが、この後は収穫を待つだけ。もう何もしません。草取りも。

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タマネギの隣には、白菜が少し大きくなっています。正月には食べられそうです。今年はキャベツは作りません。害虫駆除が面倒ですから。

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10日ほど前にジャンボ・ニンニクの種を植込みましたが、まだ芽が出ていません。今春に収穫した自家製ニンニクを種にしたので、成長するかが心配です。

ネタ切れ対策でした。

2012年11月13日 (火)

紅葉の名所 魚楽園

我が家から車で10分も掛からない所に紅葉の名所があります。それが「雪舟さんの魚楽園」です。13日現在での紅葉は、こんな感じです。

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 魚楽園は室町時代に僧侶であり水墨画家として活躍した雪舟が、この地に一時滞在していた際に築庭したといわれており、国の名勝にも指定されている。魚楽園の名は、中国の「詩経」の中にある「魚楽しければ、人又楽し。人楽しければ、魚又楽し・・・」という一文からとったもので、平和への願いを込めて名づけられたといわれている。

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 この地は、平家の落人・藤江家一族が住んだとされ、魚楽園の下にあった住居跡も今は整備されて、一帯が紅葉に包まれている。

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魚楽園の庭園はこの座敷から見物するのが最高とされています。

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園の入口に茶屋があります。ここで入園料(大人300円)を。

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2012年11月12日 (月)

デート 太宰府天満宮②

幼児を遊ばせるには遊園地がいいのだが、生憎の開園前。仕方なく参道の商店街へ。 孫が見つけて駆け寄ったのが、こんな店。

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ここは熊本県ではありません。

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キャラクターグッズがいっぱい。

ここは何屋さんでしょうか? 太宰府の新名所・スタバでした。

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孫に色々ねだられるので、早々に天満宮を退散。次のデートコースはイオン福岡。博多華丸・大吉のキャラクター着ぐるみが暴れ? ていました。「めし丸君」の宣伝です。

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孫には「賞品が出るよ」とそそのかし、めし丸君塗り絵をさせました。時間稼ぎです。そうこうするうちに孫は「おなかすいた」です。「何食べる」の問いに、「アイスクリーム」。

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「じいじい」は、たこ焼きにしました。

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この後、父親から「仕事が終わった」の連絡。自宅に帰って、孫とのデートは終了です。あ~~ぁ疲れた。

2012年11月11日 (日)

デート 大宰府天満宮①

10日は孫(小6)のバレエの発表会でした。

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見に行ったのではありません。妹(幼稚園児)の子守りです。何故かと言うと、父親は仕事、母親は姉の付き添い、で、やんちゃな妹は母親が連れて行っても邪魔になることから、「じーちゃん子守りして」となった次第。9日夜のリハーサルから子守りでした。

本番の10日。朝8時半、バレエの母子2人を地下鉄空港駅まで送り、「さぁ、チビと2人で何しよう」です。思い付いたのが大宰府天満宮です。来春は孫2人とも進学ですので、学業の神様に挨拶と祈願にです。

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午前9時半頃なのに、もう参道には参拝者がいっぱい。中国語や韓国語も聞こえてきます。

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この橋を渡って本殿にと進みます。

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橋の下には大きなコイが。参拝者からの餌を待っています。参拝した後、孫2人へのお守り、私用には交通安全のお守りを購入。

境内では菊花展が開かれていました。

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少し肌寒い日和でしたが、だざいふ遊園地で遊ばせようと思ったが、まだ開園しておらず、商店街めぐりで誤魔化します。「梅が枝もち」の匂いが漂っていますが、孫が見つけたのはこんな店。

(つづく)


2012年11月 9日 (金)

我が家の晩秋の彩り

 めっきり秋が深まったようですね。山里に住む我らは冬支度を始めます。が、まだ炬燵は出していません。奥方の許しがありませんので、足に毛布を巻きつけて暖を取っています。

 その我が家の庭で見られる「晩秋の彩り」を撮ってみました。

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10年前に新築した際に植えたモミジ。

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これも庭の造成時に植えたイチョウ。5~6Mもあります。

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↑庭を造成した際、古木の柿を切り倒していたら、残っていた根から芽が出て成長しました。実は3cmぐらいしかありません。渋柿です。品種は知りませんが、昔は大きい実がなったと思います。

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↑門扉の近くに咲いたコスモス。雑草に負けませんでした。

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↑奥が吊るし柿にしました。庭先の渋柿は売れました。野菜かご1杯が500円でした。で、計4,000円の収入でした。全額、奥に渡しましたよ。

2012年11月 2日 (金)

甘~い渋柿に にんまり

 我が家の渋柿が、びっしりと実をつけています。甘柿は成りが悪かったけど、今年の渋柿は金になりそう・・・。(にんまり)

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 柿はやはり、隔年ごとの実り方をします。昨年はほとんど実を付けなかったし、熟すのを待つ鳥も困っていた? 。

 実の成長を待つのは、鳥だけではありません。我が家のびっしり柿を見つけたのは、佐賀県内の柿加工業者です。1週間ほど前に「柿の実を売ってください」と来ました。
 勿論、答えはOK。 これまでは少しだけ干し柿にして、後はそのままにしていた。その柿は、下に落ちます。木の下は小道ですから、落ちた柿の実でじゅくじゅく状態で、靴にこびりつき 汚たね~ です。

 業者はきれいにちぎって、後片付けもします。いくらかのお金を置いていきます。捨てるつもりの柿の実が、お金になります。

 渋渋どころか、喜んで渋柿を提供します。
甘~い渋柿に感謝

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