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2012年4月

2012年4月29日 (日)

羅宮でグルメ

 旅に出てもグルメに無関係な朕です。が、今回は慶州で宿にした「羅宮」の夕食を紹介します。この宿は日本の旅館などと同じように初めから夕・朝食付の宿賃になっています。

 「今日は何を食べようか」と、旅先ではよく迷うことが多いのですが、食事付なら心配はいらず、朕は楽でいいです。

 メニューは英語とハングルで、朕は読めませんので・・・。適当に写真で解釈してね。 男は料理の名前なんか知らんでよか と育ちました。

 

 鮭マリネ?

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 粥です
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 食べかけで撮影しました

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 うなぎのかば焼き
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 メインのカルビ煮込み
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 朝食です

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2012年4月28日 (土)

百済歴史文化館

 この歴史文化館は百済文化団地にある新しい施設。韓国で百済専門の唯一の博物館として、百済歴史の拠点となっている。色んな展示物が見られるが、

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 どうしても国宝級は「本物が見たい人」は国立博物館などに行くしかないでしょう。

聖徳太子様もおられました。百済と日本の関係を強調していました。

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 これで扶余の旅が終わりです。階伯将軍にも会えたし、薯童謠(ソドンヨ)のロケ地や薯童公園にも行けた。新しい百済文化団地も見物できた(まだたくさんの施設があります)ので、一応の目的は果たせました。

2012年4月27日 (金)

百済文化団地

 今回の扶余の旅は、百済の都を復元した「百済文化(歴史再現)団地」に行くことでした。この団地には百済の宮殿・泗沘城、寺院・陵寺が再現され、生活文化村、古墳公園、歴史文化館などの施設もあります。2010年にオープンしました。

 まずは正門の正陽門から入ります。堂々とした門です。

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 さらに天政門をくぐると

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 正殿の天政殿に。ここでは「階伯」の撮影が行われた。

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 この宮殿には文思殿、延英殿、武徳殿、麟徳殿などの建物もあります。内部には玉座や王妃の衣装などの復元資料が展示され

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 この王様? が百済の説明を、日本語でもしてくれました。

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 そして五重塔がある陵寺へ。百済王室の寺院で、発掘された遺構などから同等規模で再現されたという。

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 もちろん 仏様もおられます。朕も手を合わせてきました

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 かなり大掛かりな施設で、韓流時代劇ファンは必見であろう。これからも色んなドラマ、映画のロケ地になりそう。

2012年4月26日 (木)

ロッテ扶余リゾート

 扶余での宿は2010年にオープンした「ロッテ扶余リゾート」にしました。扶余の新しい観光地の「百済文化団地」のすぐ近く(歩いて5分)にあるから。

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 この百済文化団地では百済の王宮などを再現しており、ドラマ「階伯」の撮影にも使われた場所。どうしても行ってみたい所なので、窮屈な旅程を考えれば、団地に近いホテルが欲しい。で、「あのロッテだから高額だろう」と恐れながら・・・。

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 予約ページをめくっていくと、スイートルーム1泊が通常465,000Wになっていたのに、オフシーズン料金なのでしょうか154,000Wと3分の1の価格になっていた。円にして約11,000円なのだ。ならば泊まるしかない。でも心配だったからネットでの予約後に、電話で確認をしてしまいました。日本語は通じました。(スイートもデラックスも大差ない料金でした)

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 部屋に通されて、また驚き。なんとなんと102平米もある広さ。リビング、キッチン、ベッドルーム、オンドルルーム、そしてトイレも2か所。まさに、「これがリゾートホテルなんだ」。初めて泊まるリゾートホテルに驚愕する田舎者がいました。4人が泊まれるこんな豪華な部屋に1人で泊まるアホもいました。

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 ホテルのロビーには「階伯」のポスターがありました。いよいよ百済文化団地に向かいます。

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 その前にホテルで面白い光景に出会いました。

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 この方たちはホテルの従業員たち。朝礼の後、列を作って前の人の肩もみです。

 なお、ロッテ資本のホテルですが、ソウルや釜山などにある「ロッテホテル」とは直接的な関係はないそうです。ゴルフ場なども造成中で、一大リゾート開発が進んでいるようです。


2012年4月25日 (水)

階伯と宮南池

 昨夜(24日)放送の「階伯」で、前に紹介したばかりの扶余の「宮南池」が登場し、感激の極みに。朕が行った場所がテレビに映る。しかもドラマに。これだから、旅が止められないのです。

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 上2枚がドラマのシーン。下は朕撮影の宮南池。

 ドラマは、「薯童謠」の善花を自害させた憎き沙宅王妃の誕生日を祝う会が、この宮南池で催された。宴会場の場所。

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 ここは宮南池に浮かぶ島に造られた「抱龍亭」でした。

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 朕が行ったばかりの、この池でこの橋でロケが行われた。だからロケ地めぐりは楽しいばかり。

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2012年4月24日 (火)

薯童謠テーマパーク

 扶余に来たなら、韓流ドラマファンなら、このテーマパークの見物は外せない。ドラマ・薯童謠(ソドンヨ)を楽しんだファンには「一度は行ってみたい」はずのロケ地・オープンセットのある場所だ。今回の扶余の旅で、「絶対に行く」との決意で、博物館や名所・旧跡の見物を外して、ここを選んだのだ。

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 扶余市内から田舎道を走ること約30分。ようやく農村地帯にあるテーマパークにたどり着いた。入場すると薯童と善花が出迎えてくれた。だが、客は私のみ。いくら平日の午前10時とはいえ、いくら放送が終わったとはいえ、いくらブームが去ったとはいえ。これはないでしょう。う~~~ん 寂し過ぎる。

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 まぁ いいっか。貸切でゆっくりと見られるぜーだ。園内をぐるぐる回っているのに、ドラマのシーンとその場所が思い出せない。もう一回、DVDを借りて見直すしかなさそうだ。

 で、今は解説を書けないので写真だけを並べます。薯童謠ファンの方、思い出してくださいね。

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写真はまだありますが、自分が思い出せないからこれくらいに。

 入口付近に こんなものが。

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 今、日本で放送中の「階伯」の大型ポスターです。このテーマパークでも撮影をしたそうです。「階伯人気で、ここにも観光客が増えると嬉しい」と、思っているでしょう。

2012年4月23日 (月)

薯童謠(ソドンヨ)

 TVドラマ「階伯」を毎週見ていて、今回の扶余行きを決めた要因の一つでした。なぜか、それは韓流時代劇にはまったドラマが「薯童謠(ソドンヨ)」だったから。「薯童謠」は百済の王・武王(薯童)と、新羅の姫・善花の国境を越えた恋愛劇。大好きな韓国の巨匠・イ・ビョンフン監督が同国に昔から伝わる童謡、伝説をモチーフに描いた作品。

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 これまでは朝鮮王朝(李氏朝鮮)時代を描くことが多かった韓国ドラマ界で初めて百済を舞台にした本作。国と国との争い、陰謀と策略がうごめく宮中の権力闘争に加え、当時最先端だった百済の科学技術力などにも注目しており、その技術開発を扱ったエピソードの数々は非常に興味深い内容となっている。また、百済は飛鳥時代の日本と深く関わりがあり、“聖徳太子”との交流もあった。

 善花(ソンファ)は、あの「善徳女王」の妹。2人は苦難の道を辿りながらも結ばれるのだが・・・・・。

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 扶余市内で市民の憩いの場になっている薯童公園の宮南池。薯童・武王が善花を慰めるために造ったとされる人工池。韓流時代劇ファンなら誰もが知っているあの池です。色んなドラマにも登場しましたね。

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 韓国最初の人工公園で、池の中央に島を造り、「抱龍亭」を配置して、橋を掛けている。

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 この公園を造った路子工という造園師は日本に渡り、皇宮の庭園を造成するなど、日本の造園師の始祖になったとされている。

 池の周囲には柳の木が茂り、蓮の池が囲んでいる。今は枯葉しかないが、7月にはいっぱいに咲き誇るという。

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 さて、ドラマの話に戻ろう。「階伯」では、「薯童謠」のその後を描いている。薯童と善花の息子をめぐり王位後継者争いが勃発。百済と新羅は戦闘状態にあり、「新羅の血を引く王は認められない」と紛糾する。善花と王子を守るのが階伯の父親。善花は自害するが、成人した階伯も王子を守って、反対派と戦い、新羅とも世紀の大戦へ進む。大軍を率いる新羅軍を勇猛果敢に何度ともなく押し返すが、最後には50,000の新羅兵に5,000の百済兵で立ち向かい、討死する。

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 ドラマはまだ前篇で、これからの放送が楽しみだ。

次回は、「薯童謠」ロケのオープンセットの薯童謠テーマパークを紹介します。

2012年4月22日 (日)

百済の都・扶余

 百済の都・扶余に入った。まずは百済最後の将軍・階伯(ケベク)に拝謁しなければなりません。将軍は扶余の中心地、役所などが集中した場所のロータリーにいました。凛々しい馬上の姿でした。

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 階伯は韓国人なら誰でもが知ってる李瞬臣と並ぶ英雄です。4世紀から7世紀までの高句麗、百済、新羅の三ヶ国が互いに争っていた三国時代。この戦乱の時代も終わりを告げようとする660年、新羅と唐との連合軍が百済に攻め込んできました。この時の戦いが有名な黄山平野(ハァンサンボル)の戦いで、5万の新羅軍にたった5千人で立ち向かったのが百済の英雄 階伯将軍でした。階伯の壮烈な討死とともに、百済は滅亡したのです。

 今、この将軍を主役にしたドラマ「階伯」が放送されています。

 百済は高句麗や新羅に比べ、地味な国のようでした。ドラマにも取り上げられることも少なかった。最近では「近肖古王」、「薯童謠(ソドンヨ)」ぐらいでしょうか、ドラマになったのは。「太祖王建」や「三国記」でも出てくるものの、所詮、脇役です。負けた国だから主役にはなれないのでしょうね。

 李氏王朝の華やかな王宮や多くの史跡が残るソウル。古墳の街・慶州などの「歴史が見える観光地」ではない百済の扶余。敗戦にまつわる名所とか国立博物館などはあるものの、ソウルからも釜山からも3時間近く掛かる交通の便の悪さ? もあってか、なかなかブームにはならなかった。

 だが、日本とはかなり親密な国で、仏教関係などの文化を伝えたり国のあり方などにも大きな影響を与えている。

2012年4月21日 (土)

マッコリで休憩中

 国内でも色んなマッコリが販売されており、朕もブームに便乗してというか、韓流かぶれでマッコリを愛飲している。若い頃は芋焼酎だったが。

 酒量はかなり落ちたが、アルコール度数が低いマッコリがちょうどいい酔いを誘ってくれるので、もう手放せません。当然、訪韓中は毎晩、本場の酒をいただいたのは言うまでもありません。

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 左の2本は「金井山城マッコリ」。生産量も少なく、釜山でも入手が難しいようです。朴・元大統領も愛飲したとかで、民俗酒制度の第1号に認定されたという。

 どうしてもこれが飲みたくて、釜山のホテルマンに購入先を調べてもらった。すると、あるスーパーにあることが分かり、さっそくタクシーを飛ばした。色んなマッコリが陳列されていたが、「金井山城」は2本だけ。あわてて抱きしめてレジに走りました。右側の赤いのは「五味茶マッコリ」。珍しいのでついでに買った。

 「金井山城」は、自分用の土産。とろ~りとした舌触りでマイウ~でした。「五味茶マッコリ」はまだ飲んでいません。

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 上は「羅宮」で飲んだ酒。口当たりが良く、するすると咽喉を通った。この羅宮にはマッコリは置いていなかったのが残念。

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 これは扶余の街の焼肉屋で飲んだマッコリ。釜山の夜も当然、マッコリ。「生濁」で、もっとも庶民に愛されているという。

2012年4月20日 (金)

太宗武烈王陵

 良洞民俗村の見物を終え、これから次の目的地・扶余にKTXで行くために慶州の桜並木を抜けて、新慶州駅に向かいます。

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 おっと ここで忘れ物に気づきました。新羅29代王・武烈(金春秋)の墓参です。ドラマ「善徳女王」でも重要な皇族として登場しました。また金ユシンとともに百済、高句麗を打ち破り三韓統一の基礎を作り上げた王様です。

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 円周114m、高さ8.7mの立派な王陵です。墓所には亀の上に碑石を乗せた王陵碑(国宝)もありました。

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 これまでに善徳女王のトンマン、金ユシンの墓も見てきて、ドラマつながりでの墓参はこれで終わりです? 新たな新羅ドラマが出てくれば・・・・です。

 昨年開業したばかりのKTX新慶州駅に到着。

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 駅内にはこんなレリーフが。多分、金ユシンの墓に付けられた十二支からのものでしょう。慶州らしい駅でした。

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 このKTXで大田駅まで行きます(1時間ちょっと)。そこからタクシーで扶余に(約1時間20分)。

2012年4月19日 (木)

良洞民俗村

 慶州の旅では、もう一つ目的がありました。それが良洞民俗村の見学でした。慶州の中心部から20数キロも離れた片田舎にその村があります。2010年、安東河回村とともにユネスコ世界遺産に登録され、観光客も増えていると言う。

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 500年の歴史を持つ古い地域で代々、上流階層の両班を中心に約150世帯が住み続けているそうです。この地域が韓国で一番、風水に優れた場所と言われ、多くの高級官僚や学者を輩出した、などを駐車場にいた日本語ガイドの女性が教えてくれました。

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代表的な両班の邸宅・香壇です。生理学者・李彦迪が慶尚監司の頃、母親の看病をするために、当時の王様・中宗が建ててやったとされています。残念ながら内部は工事中で入れませんでした。

 その他にこんな家屋もありました。

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 いずれも名のある両班の家。この日は天気が悪く、両班の家は皆、高台にあるので坂道を歩くのに苦労しました。写真撮影にも難がありました。

 安東村は平地に両班の家が集合していたが、良洞は広い地域の傾斜地に家が点々としており、全部を見物するには3~4時間は掛かるといわれ、目ぼしい家屋だけを見物してきました。地域内に今、わらぶき家などが次々に整備されています。ドラマのロケなども行われているようです。

 トイレが少ないので注意がいります。この日も中国人観光客がトイレ前で長い列を作っていました。


2012年4月17日 (火)

新羅ミレニアムパーク

 慶州の宿にした「羅宮」があるのは、ドラマ「善徳女王」のロケ地になった新羅時代のテーマパーク「新羅ミレニアムパーク」。一昨年3月にも入場したが、その際は時間の問題や寒さなどで全てを見て回ることができず、「羅宮」に泊まり入場料が無料になったこともあって、再入場をした。

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 「善徳女王」でよく登場した舞台ですよね」。ここに来て、トンマンやユシン、ピダム、春秋などを思い出していました。それで、あの恨めしきおばさん・ミシルとツーショットもしてみました。

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 その他の園内です


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 まだまだ 民家風、茶屋風などなどたくさんあります。また、新しい建物も建設中。大掛かりなショーもあります。楽しめますよ。 


 

2012年4月15日 (日)

慶州の宿・羅宮

 今回の旅の目的の一つが慶州のホテル「羅宮」(らぐん)に泊まることでした。羅宮は新羅宮廷を意味するとかで、韓国の伝統建築の専門家らが時代考証を得ながら、大勢の宮大工が携わって建設したホテルです。 色々な方のブログなどを見ていて「どうしても一度は泊まりたい」と思い続けてきました。

 ドラマ「善徳女王」のロケ地でお馴染みの「新羅ミレニアムパーク」の敷地内にあり、「羅宮」宿泊客は入場料が無料になります。

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          ホテル正面です。風格が漂います

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 ロビー               二階がレストラン

 客室前の廊下Img_0027_3

では、室内に入ります。

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 室内には三つの部屋があり広いです。最初はベッドに寝ましたが、乾燥がひどくてのぞが痛くなり、テレビの前に布団を敷いて寝ました。

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 そしてこの羅宮の目玉が露天風呂。部屋に囲まれた中庭にあり、温泉です。でも、風呂一杯にお湯を張るには一時間は掛かります。食事前にお湯を入れ、食後に入浴がいいでしょう。


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 ホテルのシンボルマーク。家具や照明など色んなものに付けられています。

 宿泊料はかなり高めの約25000円でした。でも2人分の夕食・朝食つきです。夕食メニューは次の機会に紹介します。

2012年4月14日 (土)

さぁ 韓国へ②

 出発の10日の空は薄曇り。今回の日程中のほとんどがどんよりとした天候でした。でも、普段の心掛けの良さからか、傘は必要なかったのが幸いでした。

 いつもの博多港国際ターミナル。韓国へはほぼ毎回、ここを利用しています。

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 ビートルのチケットカウンター。ロビーにはこんな写真用が。黒田武士は分かるが、隣の女性は誰でしょう。掃除のお姉さん、教えてよ。

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 ターミナル内の喫煙室前。ここで日本最後のタバコを一服。これから3時間は我慢です。

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 一服が終えたら、さぁビートルに乗り込みましょう。

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 さぁ、出発です。JR九州高速船の職員たちが手を振っての見送りです。

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 船内の二階席は約7割の乗船率。うち女性も約7割ほどでした。やはり韓国への女性人気は高いようです。多分、お父さんは汗水流して仕事に励んでいることでしょうが。

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 そうこうするうちに(自分は何もしていないが)、釜山港に到着。港内には釜山ー下関の関釜フェリー、釜山ー対馬への高速船が停泊していました。日本との関係の深さが窺えます。

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さぁ 韓国へ

 10日から13日まで韓国に行ってきました。今回の旅も韓流ドラマつながりになってしまいました。目的地は慶州と扶余。

 慶州には過去、何度も行ったけど、見落とした場所もあり、思い残すことが無いようにと、「最後の慶州の旅」? としての訪問です。

 扶余には20年近くも前に行った。当時は、博物館や史跡めぐりだったが、今回はドラマ関連を見てこようと出掛けることに。

これから旅行記を数回にわたって綴る予定です。

まずはさわりの部分の写真を。

 慶州は桜が満開でした。

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 良洞民俗村です。

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 百済の英雄・階伯将軍の像です。

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 薯童謠(ソドンヨ)テーマパーク

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 百済歴史再現団地

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2012年4月 8日 (日)

落語会は盛況に

 我らの地域おこしグループが支援、開催した落語会「安宅里山寄席」が8日、地域交流センターであり、盛況のうちに終えました。多くの方々の応援で成功したことに、厚く御礼を申し上げます。

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 落語会は地元のアマ落語たちの「川笑一座」(川崎亭好朝座長)と宗像市からの愛好者が出演。4人の方々がとてもアマとは思えぬ話術で会場を沸かせてくれました。

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 片田舎の我が地区での落語会は初めてです。どれくらいの人たちが来てくれるのか心配でしたが、なんと約100人も入場してくれました。勿論、川笑一座のファンも大勢きました。会場はほぼ満員でした。

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 会の最後には落語の手ぬぐいやコップなどが当たる抽せん会もあり、入場者らたちも満足げでした。

 この日はお釈迦様の誕生日。で、甘茶とグループメンバーが手作りしたお焼きを振る舞い、これも好評でした。 また、秋ごろに開催する予定です。お楽しみに。

 グループを代表して感謝、御礼を申し上げます。

2012年4月 5日 (木)

ハン・ミョンフェ

 gyaoで見続けていた韓流時代劇ドラマ「韓明澮」(ハン・ミョンフェ)をようやく見終えた。以前にDVDでも見たのだが、gyaoでの放映を知り飛びついた。

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 このドラマはKBSの1994年の作品(全104話)です。ちょっと古い作品ですが、韓国の歴史上最重要人物にして孤高の天才策士ハン・ミョンフェの波乱に満ちた人生が描かれます。

 朝鮮王朝7代王・世祖の片腕、策士として歴史に登場。世祖は兄・5代王文宗の息子・6代王端宗から王位を奪い取るが、画策したのがハン・ミョンフェだった。優れた先見を持ち、人を引き付け、的確な人事を施し、外交にも力を発揮。激動期の王朝前期を先導した人物だ。

 8代王・睿宗、9代王・成宗にも仕え、2人の娘をそれぞれの王に嫁がせている。この間、領議政(総理大臣)を2度務め、王朝の権力を欲しいままにした。 「朝鮮王朝を導いた天才策士」と呼ばれる所以でもある。

 激動期の王朝は韓流ドラマにも成り易く、このハン・ミョンフェも多くのドラマに登場する。演じたイ・ドクファの愛嬌ある笑顔が、いつまでも脳裏に残りそうだ。

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