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2011年8月

2011年8月29日 (月)

「明成皇后」視聴終了

ドラマ「明成皇后」の視聴が終わりました。前頁でも書きましたが良いドラマでした。日韓の歴史のひとコマが見れました。

Photo         (KNTVのHPより)

が、最終回に近づくにつれ、少々違和感も感じて、辛くなることもあった。朝鮮からしてみれば日本は極悪非道の国、人種でしょうが、日本人としては見るに堪えない場面、言葉もありました。私には当時の真実を見極める力はないが・・・。

皇后が最後に発した「いつかこの借りは、返していく」が印象的です。反日感情を揺り起こす言葉ですね。

このドラマは、放送年の年間最高視聴率をとったとか。それだけ反日感情が高まったのではと思いました。何事にでも「反日」で国民感情が燃え上がる国柄。このドラマから、改めて、豊臣秀吉の慶長の役から続く、朝鮮・韓国のその感情の根深さを感じている。

2011年8月27日 (土)

「明成皇后」余話

ドラマ「明成皇后」を見ている中で、「それは違うだろ」と言いたくなる場面もしばしば。日本語がおかしいのはまだ許せるとしても、あり得ないシーンを見つけてしまった。

200pxmyeong         (wikipediaから)

それは116話に。朝鮮の駐日公使館で催されたパーティのこと。日本女性のミチコが欧米の公使とダンスをするのだが、その曲がなんと「ゲイシャ(芸者)・ワルツ」なのだ。

~あなたのリードで島田も揺れる~ です。

この「ゲイシャ・ワルツ」は、我が父の十八番だったので、幼児の頃から聞かされていたから良く知っている。

西条八十作詩、古賀政男作曲で昭和27年に発表されたもの。

皇后がまだ生きている明治の時期に「ゲイシャ・ワルツ」はあり得ない。制作者の勘違いか、知らなかったのか、はたまた、何かの意図があるのか。

音楽つながりです。皇后を殺しに行く日本人集団が宴会場で斉唱するのが「君が代」です。はて? これは如何にと思い調べてみると・・・「君が代」は、平安時代に詠まれた和歌に、明治13年に曲が付けられ、以後、国歌として歌われるようになった。なので、皇后が暗殺された明治28年に日本人が歌ったことはおかしくはなかった。

2011年8月24日 (水)

ドラマ「明成皇后」

今、DVDで大河ドラマ「明成皇后」を見ています。おもしろい。朝鮮王朝の末期に国を守ろうとした女性の物語。500年間支配を受けた清(中国)との戦い、朝鮮侵略を狙う日本とのせめぎ合い。独立国に成ろうとする王朝の苦悩などが描かれている。

3        (KNTVのHPから)

 朝鮮の覇権を巡って日清戦争が勃発する。そして日露戦争にも繋がる。ロシアや欧米列強も絡んでの朝鮮争奪戦が展開していく。

 また皇后と舅・興宣大院君との権力闘争、嫁姑問題、世継ぎ問題、側室との軋轢などの女の戦いもちりばめられ、泣き虫・弱虫の無能な夫(王様・高宗)を叱咤激励して引っ張る女傑ぶりもドラマを面白くしている。 

 これまで色んな韓流時代劇ドラマを見てきたが、私的には最高の作品と評価したい。それは、ドラマを通して、日本の歴史の一部分が見えるから。ドラマとは言え、史実を極端に歪曲しているとは思えないし、韓国ドラマだから日本を悪役仕立てにしているのは仕方ないことだが、日本の歴史に疎い私にはすごく勉強になった作品です。

 景福宮内で刺殺され、遺体は宮外で焼却さっれたとされる悲劇の王妃でもあった。殺害犯は日本人とも大院君サイドとも言われているが・・・。今度、ソウルに行ったら最期の場所となった景福宮や南揚州市に高宗や世子(純宗)、その妃と眠る陵も訪ねてみたい。

2011年8月18日 (木)

死闘 カマキリ対セミ

庭にあるスモモから激しいセミの声に、駆けつけてみると なんとカマキリとセミが格闘しているではないか。カマキリがセミの顔部分に噛みつき、セミは羽をバタバタと打ち鳴らして苦悶の叫び。

Img_0013_convert_20110818084132

可哀そうとは思ったが、自然界の行いには口出し無用。(セミはすでに瀕死状態。切り離しても死は免れないだろう)。その場を離れた。約30分後覗いてみたが、カマキリもセミも姿はなかった。

恐るべきカマキリ。メスがオスを食い殺すと聞いていたが・・・。

朕も同じ運命が近づきつつ・・・・・・・・。

2011年8月13日 (土)

2度目の「イ・サン」

ドラマ「イ・サン」を再視聴中。最初の視聴ですっかり正祖ファンになってしまい、水原華城や正祖と父親の墓参りにも行ってきた。またMBCドラミアの野外セットも見物し、今では、韓国時代劇=正祖(イ・サン)と言った感じだ。

 それと「イ・サン」と同時に、イ・ビョンフン監督の「正祖大王・偉大なる王の肖像」も同時に視聴している。このドラマは1989年制作で最初の監督作品とも言われている。正祖とカトリックの関わりを題材にしているが、世祖がいかに民を思う聖君かを描いており、イ監督が長年、正祖を思い続けていたかがうかがえる。

Img_0046   MBCドラミアの写真撮影用パネル

Img_0088_convert_20110808173426   正祖が築いた水原の華城行宮

_convert_20110813142903   私が水原華城で最も好きな場所・華虹門

Convert_20110813142540   世祖の墓。いくつもの王陵を見て回ったが、この王陵を一番先に参拝し、拝礼をしてきた。

2011年8月 9日 (火)

2度目の「李舜臣」

韓流時代劇ドラマを見始めて約3年。大河ドラマ系は大体見てしまったように思うが、今は何か、「見たい」と思う時代劇が見当たらない(なぜだか分からずですが)過去に見たドラマを再視聴してます。「不滅の李舜臣」と「イ・サン」です。

 「李舜臣」は韓国に行って、歴史の舞台を見てみたいと、訪韓のきっかけになったドラマです。それまで李舜臣の名前こそ知ってはいたが、どんな人物なのかはほとんど知らず、韓国の歴史の背景や日本との関わりなどは、全くと言っていいほど無知に等しかった。 日本との文禄・慶長の役では、朝鮮水軍を率いて戦い日本軍を苦しめた。韓国では各地に銅像が建つ国民的英雄なのに。200pxyisunsin

 最初のドラマ視聴では、ただ「面白い時代劇」と見ていた。2度目の視聴では、かなり背景が見えてきて「そうなのか、そうだったのか」と言う感じになった。

 水軍の将軍だけに、李舜臣が活躍した舞台は海。韓国の海岸線には「縁の地」があちこちにあるらしいが、「ハングルが読めない書けない。しゃべれない」三重苦の私には、容易に行ける場所が少ない。

 そこで、ドラマにはほんのちょっとだけのシーンだったが、激戦の地だった晋州に行ってみた。晋州城壁などを見、晋州国立博物館を見学。日韓戦で活躍した亀甲船のミニチュアもあった。特に、城壁や楼門の造りに大きな興味がひかれ、その後の、訪韓の目的にもつながった。Img_06362_convert_20110808173754

 後日、昔の家並みが現存する世界遺産「安東河回村」に行った際、朝鮮王朝の宰相・柳成龍(ユ・ソンニョン)の邸宅を見学した。彼こそが李舜臣を引き立てた男なのだ。1度目の視聴では注視していなかったが、2度目では「あ、あの柳だったのか」と、意外なところでのつながりに驚いた。なんか、歴史が結びついた一瞬だった。Mg_0029_convert_20110808174029

 あちこちに行ってみるもんだね。

2011年8月 6日 (土)

ホーチミン編

アンコールワット観光のついでに、ベトナムのホーチミンも旅した。ホーチミン市庁舎前に子供を抱いた「ホーおじさん」は、優しい眼差しで市民を見つめていた。Dc1128351_2

デパートの正月飾り。ミッキーたちもベトナムの正装?で新年を祝っていますが、商標権など大丈夫と思ってしまった。

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中央郵便局。19世紀末の建造で統治していたフランスの香りが濃く漂う。

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郵便局の天井はクラシックなアーチ型。ここでは英語が通じ、国際電話もOKとかで、外国人が目立った。

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統一会堂。1886年にフランス人官僚のために建てられ、その後に大統領官邸になった。Dc1128111

大統領の執務室。館内には100以上の部屋があり、地下は秘密の軍事基地だという。

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メコン・デルタで小舟に乗ってジャングル下り。

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ホーチミン市内の混雑はものすごい。信号があってもお構いなしで渋滞に拍車がかかる。ここを横断するには決死の覚悟がいる。現地の人の後ろについて渡るしかなかった。

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バイクの列が延々と。2,3人乗りは当たり前。子供も含めて4人と家財道具も積んだバイクも。引っ越しなのでしょうか、と思った。

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2011年8月 2日 (火)

アンコールワット編

「アンコールワットを見たい」が長年の夢だった。定年前旅行の休暇と補助金をもらい、2008年1月に夢をかなえた。

アンコールワットがあるシェムリアップ滞在中の4日間は、ただただ遺跡巡り。最初は「すごいな。よくも残っていたな」と感嘆するのみだったが、最後の頃は足場の悪い坂道、岩場を歩き通しでくたくた。ガイドに「俺は歩けん」と弱音を吐き、車中見物になった遺跡も多々あった。写真を載せたが遺跡名を忘れたのも多い。あしからず。

Dc112877 朝日に映えるアンコールワット。幻想的だが観光客が多すぎ。表は綺麗が裏はけっこう瓦礫の山状態。

Dc112842 アンコールトム。

Dc112849 石像の女神(仏像です)とキッスも。

Dc1128501 トムは見所が多かった。

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Dc112858 タブロム。熱帯樹が成長し、巨木となって根が遺跡を覆い包む。

Dc112863 遺跡の守り神。

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遺跡には天女のレリーフが。

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東南アジア最大の湖・トンレサップ湖。水上村にはレストランや魚の展示場、学校もあった。が、水は汚い。船乗り場では勝手に写真を撮り、下船時に売りつけてくる。小さな子供が売り子だけに、つい優しいじいちゃんになる。

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日本が建てた水上学校とか。Dc112802

夕闇に包まれるアンコールワット。Dc112868

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